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国史跡武蔵国府跡

更新日:2009年9月17日

名称

国史跡 武蔵国府跡

史跡指定範囲

宮町2丁目5番2
宮町3丁目1番1、1番2、1番3
注記:宮町2丁目1番16と同3丁目1番1に挟まれ同3丁目1番1と同3丁目6番3に挟まれるまでの道路敷きを含みます。
注記:史跡整備地は、史跡指定範囲内の宮町2丁目5番2です。

史跡の概要

武蔵国(むさしのくに)の国府は、『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に「多麻郡に在り」との記載があるものの、所在地は特定されていませんでした。

江戸時代以降、五説が提起されていましたが、昭和50年以降の調査により、京所(きょうず)説の旧甲州街道に平行する2条の東西大溝と大國魂神社境内から確認された南北溝に囲まれた南北約300メートル、東西約200メートルの範囲が国衙(こくが)(=国府の中心にある役所区画)と判明しました。

国衙(こくが)域内では、掘立柱(ほったてばしら)から礎石(そせき)建ち建物に変遷する大型建物跡や、瓦やセンの多量出土がみられます。センとは、漢字でツチ編に専門の「専」と書き、古代のレンガのことです。

武蔵国(むさしのくに)21郡中19郡の郡名瓦やセンが出土しており、武蔵国(むさしのくに)の総力をあげた国衙(こくが)国庁(こくちょう)(=国衙(こくが)のさらに中心にある中心区画)の造営の姿を現しているものと考えられます。国衙(こくが)の存続期間は、出土土器等から8世紀前半から10世紀後半までとみられ、他国の国府跡と共通性があります。
さらに、国衙(こくが)域内において確認された溝により、東西・南北約100メートルの区画が推定され、この中から確認された大型建物跡2棟が国庁(こくちょう)の「正殿」に匹敵する国衙(こくが)中枢建物跡と考えられています。
国衙(こくが)西側部分に相当する大國魂神社境内域と、上記国衙(こくが)中枢建物跡の保存箇所が指定範囲ですが、大型建物跡部分は整備され公開されています。

主な出土品

  • セン(漢字では、ツチ編に専門の「専」と書き、古代のレンガのこと)

交通案内

大國魂神社東側

  • 京王線府中駅下車徒歩5分
  • JR武蔵野線・南武線府中本町駅下車徒歩5分

史跡整備地の公開時間

午前9時から午後5時まで
注記:年末年始を除きます。

その他

史跡整備地は、駐車場がありません。
ご来場は公共交通機関か、お車の場合近くの有料駐車場をご利用ください。

お問合せ

このページは文化スポーツ部 ふるさと文化財課が担当しています。

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府中市役所

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