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「ふつうの系譜」展エントランス展示 新田義貞の光と影

最終更新日:2022年3月10日

新田義貞 分倍河原合戦

「ふつうの系譜」展では、敦賀市立博物館の協力により、同館の所蔵品95点を展示します。この展覧会に合わせ、敦賀市と府中市の間にある歴史上のつながりを紹介します。

1333年、府中市内の分倍河原で合戦がありました。討幕を企てる後醍醐天皇に従って挙兵した上野国の武士、新田義貞が、この地で幕府軍と戦って勝利し、その後鎌倉へ攻め入り、幕府は滅亡しました。討幕の後、足利尊氏が後醍醐天皇と対立するようになり、1336年、義貞は京都から越前へ下り、敦賀市内にあった金ヶ崎城に籠りましたが、翌年、足利軍の攻撃により落城しました。その直前に義貞は逃れ、福井市内にあった藤島城を攻めますが、城の救援に来た軍勢の矢に当たり、自害しました。

鎌倉から南北朝時代にかけ、激しい混乱の時代に生きた新田義貞。討幕軍として勝利した府中での足跡と、形勢不利になり、やがて生涯を終えることになった敦賀での足跡は、義貞の生涯の光と影と言ってもよいでしょう。一人の歴史上の人物を通じて、敦賀と府中はつながっています。

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